Einfluss / Hans-Joachim Roedelius & Arnold Kasar [Ambient/New Age/Experimental]
この作品を紹介できることに喜びを感じている。
この作品はHans-Joachim RoedeliusとArnold Kasarの共同名義で発表されている。が、残念ながら俺はArnold Kasarなる人物のことはよく知らない、というより、この作品で初めて知った。他方、Hans-Joachim Roedeliusといえば、クラウト・ロックの有名バンド・・・う〜ん、この表現は軽すぎるな。あえて言うなら、ドイツのロック黎明期、1960年代後半に実験的な電子音楽を実践し、後にBrian Enoにも多大なる影響を与えた前衛音楽集団、Clusterの中心メンバーである。1977年にはBrian Enoと共同名義で2作品を発表している。つまり、Enoが一連のアンビエント作品を手がける直前に、である。
Einfluss / Hans-Joachim Roedelius & Arnold Kasar
この作品、ピアノと電子楽器(おそらくシンセサイザー)そして様々なエフェクト、効果音で構成されている。
オフィシャルビデオを観た限りでは、ピアノの弦を直接弾くなどの特殊奏法も行なっており、アルバム中に何度か「ピアノから発せられていると思しきピアノらしからぬ音」が聴かれる。基本的にはピアノが骨格を形成している演奏に電子楽器により曲の補強が行われているが、耳をそばだてれば、明らかに電子音響ではない不可解な音やノイズも聴いて取れる。数曲収録されているArnold Kasarのみがクレジットされている曲はピアノのみで演奏されているところから察するに、おそらくこれらの不可解な音やノイズはRoedeliusの手によるものだと推測される。と、言うより、彼が実験音楽集団、Clusterの重要人物であることを鑑みれば当然、と思ったのだが、オフィシャルビデオに登場するPCを操作する手、及びピアノの弦を直接弾く手はArnold Kasarのように見える。う〜ん、どう切り分けたのだろう?
基本的に楽曲の主導権を握るピアノは外連味なく演奏されている、と言いたいところだが、Arnold Kasarのみがクレジットされている曲において若干の感情の昂りを感じさせる局面が聴いて取れる。おそらく鍵盤奏者としての表現欲を抑えきれなかったのであろう。が、それらは絶妙にコントロールされており、この作品を横溢する「静謐」な印象を覆すほどのものではない。
クラシック音楽の名門レーベル、ドイツ・グラモフォン(!)からリリースされていることからも容易に察知可能であるが、いわゆるポスト・クラシカル、またはネオ・クラシカルに分類されるべきなのであろうが、アンビエント音楽として聴いても実に有用。事実として、この作品に出会ってからというものの、我が家ではAMBIENT 2 : The Plateaux of Mirrorの出番が無くなってしまった(笑)。勿論、The Plateaux of Mirrorがアンビエント音楽の金字塔にしてピアノ主導型アンビエント作品の頂点であるという俺的絶対評価は変わらないのだが、The Plateaux of Mirrorはそれこそ耳にタコが出来るほど聴いたので、似たような雰囲気ながらもかすかな毒気と茶目っ気を感じられるこの作品についつい手が伸びてしまうのだ。おそらく制作途中でRoedelius本人も「なんだかThe Plateaux of Mirrorに似てきちゃったなぁ」と、感じていたのではあるまいか。
内容の素晴らしさは勿論のこと、その来歴からもBudd / Enoの流れを組む正統派のアンビエント作品として評価されるに十分であることは間違いない。あまりにも遅れてやって来た非テクノ型アンビエント作品の傑作。ちなみに収録時間も1時間17分とたっぷり。久しぶりに責任推奨。
この作品の発表は2017年、Roedeliusは現在84歳と高齢なようだ。旺盛な創作意欲、そして音楽による実験を追求し続ける様には驚きを禁じ得ない。少しでも興味があるなら迷う必要はない。出来るだけ早く聴くべきだ。
この作品はHans-Joachim RoedeliusとArnold Kasarの共同名義で発表されている。が、残念ながら俺はArnold Kasarなる人物のことはよく知らない、というより、この作品で初めて知った。他方、Hans-Joachim Roedeliusといえば、クラウト・ロックの有名バンド・・・う〜ん、この表現は軽すぎるな。あえて言うなら、ドイツのロック黎明期、1960年代後半に実験的な電子音楽を実践し、後にBrian Enoにも多大なる影響を与えた前衛音楽集団、Clusterの中心メンバーである。1977年にはBrian Enoと共同名義で2作品を発表している。つまり、Enoが一連のアンビエント作品を手がける直前に、である。
Einfluss / Hans-Joachim Roedelius & Arnold Kasar
この作品、ピアノと電子楽器(おそらくシンセサイザー)そして様々なエフェクト、効果音で構成されている。
オフィシャルビデオを観た限りでは、ピアノの弦を直接弾くなどの特殊奏法も行なっており、アルバム中に何度か「ピアノから発せられていると思しきピアノらしからぬ音」が聴かれる。基本的にはピアノが骨格を形成している演奏に電子楽器により曲の補強が行われているが、耳をそばだてれば、明らかに電子音響ではない不可解な音やノイズも聴いて取れる。数曲収録されているArnold Kasarのみがクレジットされている曲はピアノのみで演奏されているところから察するに、おそらくこれらの不可解な音やノイズはRoedeliusの手によるものだと推測される。と、言うより、彼が実験音楽集団、Clusterの重要人物であることを鑑みれば当然、と思ったのだが、オフィシャルビデオに登場するPCを操作する手、及びピアノの弦を直接弾く手はArnold Kasarのように見える。う〜ん、どう切り分けたのだろう?
基本的に楽曲の主導権を握るピアノは外連味なく演奏されている、と言いたいところだが、Arnold Kasarのみがクレジットされている曲において若干の感情の昂りを感じさせる局面が聴いて取れる。おそらく鍵盤奏者としての表現欲を抑えきれなかったのであろう。が、それらは絶妙にコントロールされており、この作品を横溢する「静謐」な印象を覆すほどのものではない。
クラシック音楽の名門レーベル、ドイツ・グラモフォン(!)からリリースされていることからも容易に察知可能であるが、いわゆるポスト・クラシカル、またはネオ・クラシカルに分類されるべきなのであろうが、アンビエント音楽として聴いても実に有用。事実として、この作品に出会ってからというものの、我が家ではAMBIENT 2 : The Plateaux of Mirrorの出番が無くなってしまった(笑)。勿論、The Plateaux of Mirrorがアンビエント音楽の金字塔にしてピアノ主導型アンビエント作品の頂点であるという俺的絶対評価は変わらないのだが、The Plateaux of Mirrorはそれこそ耳にタコが出来るほど聴いたので、似たような雰囲気ながらもかすかな毒気と茶目っ気を感じられるこの作品についつい手が伸びてしまうのだ。おそらく制作途中でRoedelius本人も「なんだかThe Plateaux of Mirrorに似てきちゃったなぁ」と、感じていたのではあるまいか。
内容の素晴らしさは勿論のこと、その来歴からもBudd / Enoの流れを組む正統派のアンビエント作品として評価されるに十分であることは間違いない。あまりにも遅れてやって来た非テクノ型アンビエント作品の傑作。ちなみに収録時間も1時間17分とたっぷり。久しぶりに責任推奨。
この作品の発表は2017年、Roedeliusは現在84歳と高齢なようだ。旺盛な創作意欲、そして音楽による実験を追求し続ける様には驚きを禁じ得ない。少しでも興味があるなら迷う必要はない。出来るだけ早く聴くべきだ。
Black Heaven / Earthless [HM/HR]
60年代終盤から70年代初頭にかけて音楽の世界においてもサイケデリック・ムーブメントなる動向が盛り上がった時期があった。当時の楽団が演奏する曲は動機から展開においてこそ一定の規則性を保ってはいるものの、独奏では冗長な表現に突入する局面が多く見受けられ、シラフで聴くと結構「キツい」局面にぶつかることもしばしばだった。
ま、その手の音楽を聴く場合、聴衆は薬物やら何やらで酩酊状態にあることを演奏者側が了承しており、そういった状況下においてはほとんどの者の時間感覚が麻痺しており、また「音」そのものを楽しむことことが出来たようなので、その時代のその手の音楽作品、ましてや実況録音盤(ライブ盤)を現在の価値基準で判断することは、下戸が酒の旨さを語るに等しいような野暮なことである、と思う。
それにしても、だよ。あれから半世紀が経とうとしているのに、こいつらはなんて時代錯誤なカッコいいことやってんだ。
Black Heaven / Earthless
このトリオ編成のバンド、カリフォルニア出身で現在絶賛活動中(笑)らしいのだが、いったい今の今までどこでどうやって活動してきたんだってツッコミ入れたくなるくらいこの世知辛い世の中でおおらかなサイケデリアを体現している。ギターのリフ、和音の重ね方、ワウに代表されるエフェクターの使い方、ハードドライヴィンなリズム、どの局面においても70年代のベルボトムな匂いがプンプンする。
音圧で聴かせるタイプの楽曲。ギターの音は相当歪んでいる。が、これはHeavy Metalではない。Hard Rockにより近いが、いわゆるArt Rock、そう、サイケとプログレが未分化のまま渾然一体となっていた、あのころの音である。と、言うより、あの頃の混沌とした雰囲気を狙っていることは明らかである。
アルバムに収録されている6曲の全てが70年代初頭に最適化されているが、特に9分近いアルバムの表題曲は圧巻である。ボーカルパートは一切無い。ほとんど重厚なリフとギターソロのみで構成されている。強烈にグルーヴしまくるバックに背中を押されたギターは勇猛果敢に突進する。勿論冗長ではあるが、嫌味にならない程度の表現欲と、70年代を彷彿させるピッキングのニュアンス(これは重要なポイントだ!)、そしてツボを的確にとらえたフレージングで一気に聴かせる。はっきり言って、ずるい程にカッコいい(笑)。
実は、個人的にこのバンドの音にCaptain Beyondに似た雰囲気を感じている。勿論、70年代初頭のバンドであったCaptain Beyondよりは音はHeavyであるが、ボーカルの声質、ギターの重ね方、そしてなによりも突破力のあるリズム隊がCaptain Beyondを想起させるのである。ただ、Captain Beyondは変拍子やテンポチェンジを多用し、プログレに発展していく意欲が聴いて取れたが、Earthlessにはそういった要素を感じることはほとんど無い。このアルバム中、2曲において冒頭部分で聴き手を煙に巻く曖昧な音響を聴かせているが、それは曲構成や音響設計が精緻に計算されたプログレというより、サイケデリックな成り行き任せのジャムセッションの結果生まれた偶然の賜物という捉えられ方を想定して収録されている。が、これは勿論計算づくのことであることは明らかである(笑)。
この作品、ちょっと迷ったのだが、数回聞いても飽きないので(笑)限定的に強力推奨。もしかしたら、べたーっと歪んだ音の壁はシューゲイザーが好きな人にもアピールするかも。
ま、その手の音楽を聴く場合、聴衆は薬物やら何やらで酩酊状態にあることを演奏者側が了承しており、そういった状況下においてはほとんどの者の時間感覚が麻痺しており、また「音」そのものを楽しむことことが出来たようなので、その時代のその手の音楽作品、ましてや実況録音盤(ライブ盤)を現在の価値基準で判断することは、下戸が酒の旨さを語るに等しいような野暮なことである、と思う。
それにしても、だよ。あれから半世紀が経とうとしているのに、こいつらはなんて時代錯誤なカッコいいことやってんだ。
Black Heaven / Earthless
このトリオ編成のバンド、カリフォルニア出身で現在絶賛活動中(笑)らしいのだが、いったい今の今までどこでどうやって活動してきたんだってツッコミ入れたくなるくらいこの世知辛い世の中でおおらかなサイケデリアを体現している。ギターのリフ、和音の重ね方、ワウに代表されるエフェクターの使い方、ハードドライヴィンなリズム、どの局面においても70年代のベルボトムな匂いがプンプンする。
音圧で聴かせるタイプの楽曲。ギターの音は相当歪んでいる。が、これはHeavy Metalではない。Hard Rockにより近いが、いわゆるArt Rock、そう、サイケとプログレが未分化のまま渾然一体となっていた、あのころの音である。と、言うより、あの頃の混沌とした雰囲気を狙っていることは明らかである。
アルバムに収録されている6曲の全てが70年代初頭に最適化されているが、特に9分近いアルバムの表題曲は圧巻である。ボーカルパートは一切無い。ほとんど重厚なリフとギターソロのみで構成されている。強烈にグルーヴしまくるバックに背中を押されたギターは勇猛果敢に突進する。勿論冗長ではあるが、嫌味にならない程度の表現欲と、70年代を彷彿させるピッキングのニュアンス(これは重要なポイントだ!)、そしてツボを的確にとらえたフレージングで一気に聴かせる。はっきり言って、ずるい程にカッコいい(笑)。
実は、個人的にこのバンドの音にCaptain Beyondに似た雰囲気を感じている。勿論、70年代初頭のバンドであったCaptain Beyondよりは音はHeavyであるが、ボーカルの声質、ギターの重ね方、そしてなによりも突破力のあるリズム隊がCaptain Beyondを想起させるのである。ただ、Captain Beyondは変拍子やテンポチェンジを多用し、プログレに発展していく意欲が聴いて取れたが、Earthlessにはそういった要素を感じることはほとんど無い。このアルバム中、2曲において冒頭部分で聴き手を煙に巻く曖昧な音響を聴かせているが、それは曲構成や音響設計が精緻に計算されたプログレというより、サイケデリックな成り行き任せのジャムセッションの結果生まれた偶然の賜物という捉えられ方を想定して収録されている。が、これは勿論計算づくのことであることは明らかである(笑)。
この作品、ちょっと迷ったのだが、数回聞いても飽きないので(笑)限定的に強力推奨。もしかしたら、べたーっと歪んだ音の壁はシューゲイザーが好きな人にもアピールするかも。
On Dark Silent Off / Radian [Post Punk / Post Rock]
久しぶりに心がざわざわする音に出会ってしまった。
On Dark Silent Off / Radian
このRadianなる名前のバンド(プロジェクト?)、メンバーはドラム、ギター、ベースの三人で構成されている。メンバーの殆ど(全員?)が、鍵盤楽器等も兼任しているようだ。
若干のエレクトロ二カ風味を帯びた過剰に思慮深い音は、一般にはPost Rock、もしくはMath Rockに分類されてしまうだろうし、それはある意味仕方ないのかもしれない。が、この連中は現在Post RockやMath Rockに分類されている多くのバンドとはアプローチの仕方、というか、アティテュードとでも言い換えることが可能なものが違う。
とりあえず、YouTube上にアルバムの冒頭を飾る曲のOfficialな音源がUpされているのでこれを聴いてほしい。
この曲に限らず、全編を通し、演奏はとにかくフラットで醒めた印象。作品を横溢するのはヒリヒリとした緊張感。どの曲も似たり寄ったりで曲がどこで終わって始まったのか注意して聞いてないとわからない。歌としての人の声は一切聞かれない。ギターはメインフレーズらしきものを弾く場面があるが、それもソロというには程遠く、途中からノイズに変わる。最終曲のみ、部分的に音圧を上げて効果を狙っている局面があるが、それも爆発的、というほどでは無い。一聴するとフリーフォームな演奏に聞こえるアンサンブルも、楽曲構成はしっかりしており、アレンジはノイズをも含め綿密に作りこまれているはずだ。が、不安感を煽る音響の頻出や、何を中心に聞いていいのかいいのか解らない、即ち、音楽を聞くときに、何かを心のよりどころにして(その『心のよりどころ』とは往々にして歌だったりギターのリフだったりするわけなのだが)いる善良なリスナーにとっての安心材料が提示されていないことによって、多くの者は「気色悪い」と、拒否反応を示すだろうし、まぁ、それが一般的な捉え方だと思う。
こう文章にすると音響を偏重した時代錯誤な実験音楽、と思われるかもしれない。そう、その見方は正しいのだと思う。しかし、あることに気がつくと(それとて万人ではないが)この作品の評価は全く変わる。
音の印象がThis Heatによく似ているのである。
残念ながら、This Heatのような瞬発力や表情の豊かさは感じられないが、あの哲学的な音の佇まいがとにかく似ているのである。このことに気がつくと、48分に渡る陰惨な音響地獄に集中することが出来る。当然、聴き終わると疲労を覚えるが「え?もう終わっちゃったの?」と思わされてしまう。しかし、ここでリピート再生でもしようものなら、いずれ身体のどこかに変調をきたす恐れがあるので要注意だ(笑)。
このバンド、どのようなバックボーンがあり、どのような捉えわれかたを想定して作品創りをしているのか俺の情報収集能力では全くわからない。商業音楽としてはあまりにも陰惨な音響でコマーシャリズムには乗りようも無いし、ノリで聴ける局面は皆無だ。本人たちも「いい曲をいい演奏で提供したい」という意識は皆無だと思う。
ただ、This Heatがやり残した音響実験を彼らが現代的解釈で再検証している、と考えたらどうだろう?そう考えるとこの作品の個人的価値は一気に上がる。
Official Videoを試聴して「もっと聴きたい!」と感じた者に限って、強力に、強力に推奨する。
Radianはオーストリアのバンドのようだ。俺はオーストリアのバンドは初めて聴いた(と、思う)。もしかして、オーストリアにはこのような異形の音楽を許容、評価する豊かな土壌があり、彼らのような冒険家達が活躍しているシーンが活況を呈しているのだろうか?
埋没してみてぇ・・・
On Dark Silent Off / Radian
このRadianなる名前のバンド(プロジェクト?)、メンバーはドラム、ギター、ベースの三人で構成されている。メンバーの殆ど(全員?)が、鍵盤楽器等も兼任しているようだ。
若干のエレクトロ二カ風味を帯びた過剰に思慮深い音は、一般にはPost Rock、もしくはMath Rockに分類されてしまうだろうし、それはある意味仕方ないのかもしれない。が、この連中は現在Post RockやMath Rockに分類されている多くのバンドとはアプローチの仕方、というか、アティテュードとでも言い換えることが可能なものが違う。
とりあえず、YouTube上にアルバムの冒頭を飾る曲のOfficialな音源がUpされているのでこれを聴いてほしい。
この曲に限らず、全編を通し、演奏はとにかくフラットで醒めた印象。作品を横溢するのはヒリヒリとした緊張感。どの曲も似たり寄ったりで曲がどこで終わって始まったのか注意して聞いてないとわからない。歌としての人の声は一切聞かれない。ギターはメインフレーズらしきものを弾く場面があるが、それもソロというには程遠く、途中からノイズに変わる。最終曲のみ、部分的に音圧を上げて効果を狙っている局面があるが、それも爆発的、というほどでは無い。一聴するとフリーフォームな演奏に聞こえるアンサンブルも、楽曲構成はしっかりしており、アレンジはノイズをも含め綿密に作りこまれているはずだ。が、不安感を煽る音響の頻出や、何を中心に聞いていいのかいいのか解らない、即ち、音楽を聞くときに、何かを心のよりどころにして(その『心のよりどころ』とは往々にして歌だったりギターのリフだったりするわけなのだが)いる善良なリスナーにとっての安心材料が提示されていないことによって、多くの者は「気色悪い」と、拒否反応を示すだろうし、まぁ、それが一般的な捉え方だと思う。
こう文章にすると音響を偏重した時代錯誤な実験音楽、と思われるかもしれない。そう、その見方は正しいのだと思う。しかし、あることに気がつくと(それとて万人ではないが)この作品の評価は全く変わる。
音の印象がThis Heatによく似ているのである。
残念ながら、This Heatのような瞬発力や表情の豊かさは感じられないが、あの哲学的な音の佇まいがとにかく似ているのである。このことに気がつくと、48分に渡る陰惨な音響地獄に集中することが出来る。当然、聴き終わると疲労を覚えるが「え?もう終わっちゃったの?」と思わされてしまう。しかし、ここでリピート再生でもしようものなら、いずれ身体のどこかに変調をきたす恐れがあるので要注意だ(笑)。
このバンド、どのようなバックボーンがあり、どのような捉えわれかたを想定して作品創りをしているのか俺の情報収集能力では全くわからない。商業音楽としてはあまりにも陰惨な音響でコマーシャリズムには乗りようも無いし、ノリで聴ける局面は皆無だ。本人たちも「いい曲をいい演奏で提供したい」という意識は皆無だと思う。
ただ、This Heatがやり残した音響実験を彼らが現代的解釈で再検証している、と考えたらどうだろう?そう考えるとこの作品の個人的価値は一気に上がる。
Official Videoを試聴して「もっと聴きたい!」と感じた者に限って、強力に、強力に推奨する。
Radianはオーストリアのバンドのようだ。俺はオーストリアのバンドは初めて聴いた(と、思う)。もしかして、オーストリアにはこのような異形の音楽を許容、評価する豊かな土壌があり、彼らのような冒険家達が活躍しているシーンが活況を呈しているのだろうか?
埋没してみてぇ・・・
The Weird and Wonderful Marmozets / Marmozets [Rock]
ここに記事をUPするのは久しぶりだ。全く音楽を聴いていないわけではなく、毎月のように新しい音楽との出会いもあったりするのだが、諸々の自己解決出来ない事情が俺のまとまった文章を書く気力を削ぎ落としてしまうのだよなぁ。
今日、久しぶりに何か書く気になったものの、遡って自らの記事を見ると、ここのところリスペクトしているミュージシャンが亡くなった時くらいしか筆(指)が動いていないことに気がついた。
「さすがにこれはマズいだろ」と、言うことで、現在進行形で頑張っているバンドについてしたためてみようと思う。とは言っても、もう4年も前の作品なのだが・・・
The Weird and Wonderful Marmozets / Marmozets
2013年にデビューしたイギリスのバンド。2007年に結成した時点で平均年齢が18歳!実際にRoadrunner(!)の目に止まり、このアルバムでメジャーデビューした時は平均年齢は23歳になっている筈だが、それでも十分若い。って、メディア向けに公開されているメンバーの年齢なんぞ信用するに足りないが(経験あり)。
さらにこのバンド、ボーカル(女性)、ギター、ドラムが兄弟、リードギターとベースが兄弟。つまり、たった2組の兄弟で編成されている。まぁ、White Stripesの例なんかもあるし、メディア向けに公開されたプロフィールを鵜呑みにするのもどうかと思うが(またかよ)ここまで極端に偏ったメンバー構成とアナウンスするとなかなかメンバーチェンジも出来なかろう。が、「もしかしたらこれは本当なのではないか?」と思ってしまう程、メンバーの息がぴったりなのだ。
音の方はと言うと・・・
シングルコイル搭載のギターを無理やり歪ませた、ビギャビギャと耳に突き刺さる音。アルバムを通して流麗なギターソロは一切ない。ボーカルは曲によっては部分的に歌い上げる姿勢を見せるが、強靭なバンドサウンドに対抗するかのように必要があれば女を捨てて(失礼)叫ぶ。要所で変拍子をバシバシと決めまくるタイトなリズム隊、これにメンバーが一丸となって複雑なクランクをスピードを落とすことなく走り抜ける。必要以上に複雑なアンサンブルから一つ間違うとMath Rockにカテゴライズされそうだが、若干のメロディアスさを残したPunk Spirits溢れる硬質な音塊が絶え間なく放出される。
これは爽快だ!
なにせこの通りである。YouTube上にスタジオライブの様子なんかもUPされているので観てみることを勧めるが、演奏に取り組む姿勢はとにかく真面目で、なげやりな局面は一切無い。アレンジ面に関して言えば未成熟な面も散見され、もうちょっと「いい感じ」に仕上げられたのではないか、とも思うが、俺みたいな70年代ロック親父が考える「成熟」を果たした時、このバンドの持つ勢い、魅力は半減してしまうのだと思う。
現時点で持ち合わせているアイデアをこのメンバーで出すべき音に最適化させ、アンサンブルを作り込み、そこから逸脱することなく全身全霊で演奏に取り組む。このアレンジではミスは許されないし、誤魔化すことも出来ないだろう。誰かが間違ったり手を抜いたりしたらその時点で曲は崩壊する。異常なまでの緊張感。その結果発せられる音は圧倒的にパンキッシュでスリリング。勿論、決して耳にやさしい音楽では無い。拒否反応を示すものも多いだろう。だが、この瑞々しい感性が奏でる音は規定の枠に収ることを潔しとしない。素晴らしいオリジナリティ。乱暴でありながら緻密で美しく、磨かなくとも原石の状態で素晴らしい光を放っている。個人的にはボーカルが必要以上に女であることを武器にしていないのがツボだったりする。
近々2ndアルバムが発表されるようだ。女性をフロントに据えたバンドとしてはかなり長い4年近いブランク。どのような音になっているのだろう?この作品が発表された時点でバンドが成長を止めていたとは思えないので、何らかのアプローチの変化が出てくるのではあるまいか、と、内心期待しつつも心配である。宝石の原石は研磨されれば当然美しく整うが、小さくなってしまうのもこれまた事実。中途半端なプロデューサーをあてがわれていなければいいのだが・・・
今日、久しぶりに何か書く気になったものの、遡って自らの記事を見ると、ここのところリスペクトしているミュージシャンが亡くなった時くらいしか筆(指)が動いていないことに気がついた。
「さすがにこれはマズいだろ」と、言うことで、現在進行形で頑張っているバンドについてしたためてみようと思う。とは言っても、もう4年も前の作品なのだが・・・
The Weird and Wonderful Marmozets / Marmozets
2013年にデビューしたイギリスのバンド。2007年に結成した時点で平均年齢が18歳!実際にRoadrunner(!)の目に止まり、このアルバムでメジャーデビューした時は平均年齢は23歳になっている筈だが、それでも十分若い。って、メディア向けに公開されているメンバーの年齢なんぞ信用するに足りないが(経験あり)。
さらにこのバンド、ボーカル(女性)、ギター、ドラムが兄弟、リードギターとベースが兄弟。つまり、たった2組の兄弟で編成されている。まぁ、White Stripesの例なんかもあるし、メディア向けに公開されたプロフィールを鵜呑みにするのもどうかと思うが(またかよ)ここまで極端に偏ったメンバー構成とアナウンスするとなかなかメンバーチェンジも出来なかろう。が、「もしかしたらこれは本当なのではないか?」と思ってしまう程、メンバーの息がぴったりなのだ。
音の方はと言うと・・・
シングルコイル搭載のギターを無理やり歪ませた、ビギャビギャと耳に突き刺さる音。アルバムを通して流麗なギターソロは一切ない。ボーカルは曲によっては部分的に歌い上げる姿勢を見せるが、強靭なバンドサウンドに対抗するかのように必要があれば女を捨てて(失礼)叫ぶ。要所で変拍子をバシバシと決めまくるタイトなリズム隊、これにメンバーが一丸となって複雑なクランクをスピードを落とすことなく走り抜ける。必要以上に複雑なアンサンブルから一つ間違うとMath Rockにカテゴライズされそうだが、若干のメロディアスさを残したPunk Spirits溢れる硬質な音塊が絶え間なく放出される。
これは爽快だ!
なにせこの通りである。YouTube上にスタジオライブの様子なんかもUPされているので観てみることを勧めるが、演奏に取り組む姿勢はとにかく真面目で、なげやりな局面は一切無い。アレンジ面に関して言えば未成熟な面も散見され、もうちょっと「いい感じ」に仕上げられたのではないか、とも思うが、俺みたいな70年代ロック親父が考える「成熟」を果たした時、このバンドの持つ勢い、魅力は半減してしまうのだと思う。
現時点で持ち合わせているアイデアをこのメンバーで出すべき音に最適化させ、アンサンブルを作り込み、そこから逸脱することなく全身全霊で演奏に取り組む。このアレンジではミスは許されないし、誤魔化すことも出来ないだろう。誰かが間違ったり手を抜いたりしたらその時点で曲は崩壊する。異常なまでの緊張感。その結果発せられる音は圧倒的にパンキッシュでスリリング。勿論、決して耳にやさしい音楽では無い。拒否反応を示すものも多いだろう。だが、この瑞々しい感性が奏でる音は規定の枠に収ることを潔しとしない。素晴らしいオリジナリティ。乱暴でありながら緻密で美しく、磨かなくとも原石の状態で素晴らしい光を放っている。個人的にはボーカルが必要以上に女であることを武器にしていないのがツボだったりする。
近々2ndアルバムが発表されるようだ。女性をフロントに据えたバンドとしてはかなり長い4年近いブランク。どのような音になっているのだろう?この作品が発表された時点でバンドが成長を止めていたとは思えないので、何らかのアプローチの変化が出てくるのではあるまいか、と、内心期待しつつも心配である。宝石の原石は研磨されれば当然美しく整うが、小さくなってしまうのもこれまた事実。中途半端なプロデューサーをあてがわれていなければいいのだが・・・
The Weird & Wonderful Marmozet
- アーティスト:
- 出版社/メーカー: Roadrunner Records
- 発売日: 2015/03/10
- メディア: CD
スライドバー(バリ島発) [楽器・機材]
この可愛い一団、ボトルネック奏法で使うスライドバーである。ボトルネック奏法のバーは、その名の通り、様々なボトルのネックを胴体に近い部分で切り取って使うのが本式ではあるが、既製品としてガラスの筒状のものや金属の筒状のものが売られており、形状も理にかなっており、これらを使用するのが一般的である。
で、このスライドバー、お気づきの通り陶器製なのである。
実はこのスライドバー、バリ島に窯を構える陶芸作家、杉本真理子氏の「作品」である。(「製品」ではない)
先日、バリで杉本真理子氏にお会いする機会があり、お願いして譲っていただいた。当然、一点もの。実際に使ってみた感想だが・・・
適度な厚みがありながらも思った程重くなく、実に使いやすい。なによりも市販品のスライドバーと決定的に異なるのは、内側には釉薬が塗っていない「素焼き」の状態なので、指に「馴染む」ことだ。これは非常にポイントが高い。
音質面においては、金属製のバーなどと異なり、あのいやらしいギラギラ感が少なく、無駄な音が出にくい。音色にも艶がある。これはオススメである。が、当然一点ものの「作品」であるので、彼女のギャラリーに行っても購入できるかどうかは定かではない。が、興味があるギタリストはバリに行った際は足を運ぶ価値があると思う。もしかしたら作り置きのものがあるかもしれないし、お願いすれば指に合わせてオーダーで作ってくれるかも。値段は・・・知りません(笑)。
FB上ではGallery &Studio Setiaで検索するとギャラリーのページが見つかります。
本人から頂いた略歴は以下。
********************
杉本 真理子 陶芸家。愛知県瀬戸市の窯元で5年修行の後独立。個展で作品を発表する傍らバリ島でバリ絵画を習う。バリへ通っているうちにウブドに窯を持ち、店を開いて作陶を始める。ジャカルタのロックバンドslankと知り合い、バンドのキャラクターグッズを依頼される。彼らのツアーに同行するうちにインドネシアロックに目覚める。いくつかのバンドのグッズを手がけているうちにあるギタリストから陶製スライドバーの注文を受ける。面白そうだから作り始めたら他からも依頼が来て現在インドネシアの3人のギタリストのスライドバーをオーダーメイドで作っています。ドブロ用、アコギ用、と少しづつ勉強中。でもこれはあくまでも趣味。本業の方はホテルやレストランからの依頼で食器などを普通に作っています。
********************
実はこれらのスライドバーを頂戴した際、軽々しくも実際に使用している動画をネット上にUPする、という約束をしてしまった。が、俺は人様に誇示できる程、ボトルネック奏法に長けていないのだよなぁ・・・うーむ、困った(笑)
で、このスライドバー、お気づきの通り陶器製なのである。
実はこのスライドバー、バリ島に窯を構える陶芸作家、杉本真理子氏の「作品」である。(「製品」ではない)
先日、バリで杉本真理子氏にお会いする機会があり、お願いして譲っていただいた。当然、一点もの。実際に使ってみた感想だが・・・
適度な厚みがありながらも思った程重くなく、実に使いやすい。なによりも市販品のスライドバーと決定的に異なるのは、内側には釉薬が塗っていない「素焼き」の状態なので、指に「馴染む」ことだ。これは非常にポイントが高い。
音質面においては、金属製のバーなどと異なり、あのいやらしいギラギラ感が少なく、無駄な音が出にくい。音色にも艶がある。これはオススメである。が、当然一点ものの「作品」であるので、彼女のギャラリーに行っても購入できるかどうかは定かではない。が、興味があるギタリストはバリに行った際は足を運ぶ価値があると思う。もしかしたら作り置きのものがあるかもしれないし、お願いすれば指に合わせてオーダーで作ってくれるかも。値段は・・・知りません(笑)。
FB上ではGallery &Studio Setiaで検索するとギャラリーのページが見つかります。
本人から頂いた略歴は以下。
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杉本 真理子 陶芸家。愛知県瀬戸市の窯元で5年修行の後独立。個展で作品を発表する傍らバリ島でバリ絵画を習う。バリへ通っているうちにウブドに窯を持ち、店を開いて作陶を始める。ジャカルタのロックバンドslankと知り合い、バンドのキャラクターグッズを依頼される。彼らのツアーに同行するうちにインドネシアロックに目覚める。いくつかのバンドのグッズを手がけているうちにあるギタリストから陶製スライドバーの注文を受ける。面白そうだから作り始めたら他からも依頼が来て現在インドネシアの3人のギタリストのスライドバーをオーダーメイドで作っています。ドブロ用、アコギ用、と少しづつ勉強中。でもこれはあくまでも趣味。本業の方はホテルやレストランからの依頼で食器などを普通に作っています。
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実はこれらのスライドバーを頂戴した際、軽々しくも実際に使用している動画をネット上にUPする、という約束をしてしまった。が、俺は人様に誇示できる程、ボトルネック奏法に長けていないのだよなぁ・・・うーむ、困った(笑)