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HARIPRASAD CHAURASIA [民族音楽]

「ガムラン音楽を(ある程度)実践できるようになろう」と、意を決して滞在期限を決めずにバリに渡航したのが確か1995年。実はそれから遡ること2年、一ヶ月程度の中期滞在を続けざまに3回程していたが、たった3ヶ月、それもとぎれとぎれではどうにもならなず、覚悟を決めて1年間日本で資金を稼いでの渡航であった。
当時、インドネシアのノー・ビザでの滞在期限は60日であった(現在は30日に短縮)。つまり、2ヶ月毎にビザを更新すべく一旦出国せねばならなかった。で、俺が出国先に選んでいたのがシンガポールだった。

当時は俺と似たような志を持った者が滞在先近辺に何名かおり、中には午前中の便でシンガポールに行き、夕方の便でバリに戻るような猛者もいたが、俺はシンガポールに行くと「せっかっく来たのだから」と、必ず2泊はしていた。

シンガポールは人種の坩堝だ。メインストリート周辺は青山あたりと雰囲気が良く似ていたが、ちょっと中心部を外れると、華僑、マレー系住民、インド系住民がそれぞれに民族色豊かな街を形成していており、それぞれの地域に独特の雰囲気が漂っており、非常に興味深かった。

特に俺が気に入っていたのはリトル・インディアである。美しいサリーに身を包んだ彫の深い顔立ちの女性達、お香の匂い、極彩色に彩られた建物、店先に並べられた美しいレイ(と、言うのか?)、そしてどこからともなく流れてくる民族調の音楽。これらの要素が俺の五感を刺激し、特に用事がなくとも何時間居ても飽きることは無かった。

で、初めてリトル・インディアに行った折、インドの民族音楽に興味があったので、CDショップに入った。が、事前知識があまり無かったので、(ラビ・シャンカール、ザキール・フセインくらいしか知らなかった)「お勧めのCDを5枚紹介してくれ」と店員に申し出て、購入した中の一枚がこれである。

The Mystical Flute Of HARIPRASAD CHAURASIA

india haripurasad.jpg

俺はインドの民族音楽についてあれこれ言えるほど詳しくない。CDも4~50枚程度しか所持していない。

話は飛ぶが、たまに、「ガムラン音楽は云々かんぬん」と、全てのガムラン音楽を総括して論じようとする乱暴者を見かける。彼らにとっては「ガムランとは金属打楽器中心のアンサンブル」なのであろう。これはある意味正しいのだが、中には「音階を持ったメタル・パーカッション」くらいの意識の輩も居たりして(音楽業界の一角にたむろする似非ヒーリング・ミュージックを粗製乱造する連中はこの程度の意識の奴が多い、と感じている)文化的側面に目を向けず、音響のみを偏重する傾向は個人的に苦々しく思っている。

誤解なきように断っておくが、俺が言っている「文化的側面」とは、宗教がどうのこうのとか、そんな難しいことではない。ガムランをまっとうな音楽としてとらえ、他民族の伝統文化に敬意を払っているかどうか、というだけの話である。

あえて言わせてもらえば、金属製鍵盤打楽器が中心のガムランだって、ゴン・クビャール、スマル・プグリンガン、プレゴンガン、ゴン・サロン、スロンディン、グンデル・ワヤン、その他諸々の種類があり、それぞれに音響的特長も演奏する曲も違う。さらに金属製鍵盤打楽器を使いながらもそれがアンサンブルの中心にない、もしくは一切金属製鍵盤打楽器を使用しない(場合が多い)ガムランとなると、ティンクリック、ジョゲ・ブンブン、ジェゴグ、グンタン、ガンブー、ゴン・スリン、その他諸々の音楽形態があるのだ。


あれ?何を言いたかったんだっけ?


そうそう、同じようにインドの民族音楽にも様々な種類があって、音響的な特徴も演奏形態も多種多様なはずなのである。であるからして、俺なんぞがインドの民族音楽のCDをここで取り上げる資格なんぞない、と思いつつも、この作品は「インドの民族音楽に造詣が深くない者が聴いても素晴らしい」のである。

HARIPRASAD CHAURASIAはバンスリという横笛の巨匠らしい。おびただしい数の演奏が作品化されている。いくら好きとはいえ、さすがにリリースされている100枚近い(もしかしたらもっとあるのかも…)CDを片っ端から購入することはためらわれ、後に5枚程を勘で選んで購入したが、その中でもこの作品の素晴らしさは(俺にとって)群を抜いている。

この作品は22分、15分、8分の3曲で構成されている。3曲目は時間あわせの為に収録されたと思われ、他の2曲と比較すると若干コンパクトにまとまっている印象であるが、それでも8分もある。
タンブーラ(ドローン専門の弦楽器)に導かれて緩やかに演奏が始まる膨らみのある音色のバンスリ。非常に幻想的な音色、そしてメロディー。しばらくの後に、ZAKIR HUSSAINの奏するタブラが演奏に加わり、曲にリズムが生まれる。曲が進行するにつれ、徐々にスピード感を増してくる。演奏に熱が帯びてくると要所で聴かれるバンスリとタブラの絶妙なコンビネーション。目にも(耳にも)とまらぬ細かいパッセージ、にもかかわらず流麗なメロディー。そして迎える荘厳な収束。


圧倒的な開放感。素晴らしい。


一聴するとフリー・インプロビゼーションっぽくも聴こえるのであるが、その実はメロディーやリズムの展開に特定の制限があり、その制約の上に演奏が成立しているようである。にもかかわらず、この自由度、そして美しい演奏。まさに民族性を超越した音楽文化の至宝というにふさわしい。前述の通り、HARIPRASAD CHAURASIAの作品は5枚程所有しており、その全てが素晴らしいが、この作品は何回繰り返して聴いても飽きることがない。ま、HARIPRASAD CHAURASIAの作品としては自分が最初に購入したものであるが故の思い入れがある事も否定できないが。


ちなみに、このCDをシンガポールから持ち帰り、バリの滞在先のロスメン(民宿)で聴いていたところ、たまたま隣の部屋に泊まっていたバリ人が突然訪れ、「今聴いていたのは何だ?是非自分も欲しい。ダビングさせてくれ」と言ってきた。「本当はいけないんだけどなぁ…」と思いつつもダビングしたところ、彼はいたく気に入ったようで、その後しばらくの間、在室中は隣の部屋からは四六時中この音楽が聞こえて来た…




The Mystical Flute of Hari Prasad Chaurasia

The Mystical Flute of Hari Prasad Chaurasia

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Oriental
  • 発売日: 1995/07/24
  • メディア: CD



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コメント 8

石原茂和

土曜日夕方,インドから私のPHSに電話がかかってきてちょっとびっくりしたところに,このCDの紹介で,ちょっとcoincidence.
#以前,研究面倒見てくれといってきたAllahabadの学生さんからでした
インド音楽にもガムランにも興味はあるのだけど沢山あり過ぎでどこから入ればいいのかわからない私には絶好の紹介です.

emusic.comで検索しただけでも,100枚とはいわん数のアルバムがあって,ものすごい多作な巨匠のようですね.
いま,Rag Lalitという,ほとんどソロのアルバムを聴いているところです.
http://www.emusic.com/album/Hariprasad-Chaurasia-Flute-Rāg-Lalit-MP3-Download/11005911.html
侘びしさ,思慮深さのなかに厳しさも同居する,
優れた演奏です.

ご紹介のThe Mystical Flute of Hari Prasad Chaurasiaは,
残念ながら入手が難しいみたいですね.


by 石原茂和 (2009-03-10 08:57) 

lagu

それはまた、偶然ですね。
この作品、入手が難しいとの事。ま、この作品の重要なポイントは超絶タブラ奏者、ザキール・フセインとのコンビネーションなのですが、多分、他にも彼との演奏はあるはずです。機会があったら聴いてみて下さい。
by lagu (2009-03-10 09:49) 

石原茂和

In Concert, Vol. I by Hariprasad Chaurasia, Pandit Jasraj & Zakir Hussain
というのがありました.

http://www.emusic.com/album/Hariprasad-Chaurasia-Pandit-Jasraj-Zakir-Hussai-In-Concert-Vol-I-MP3-Download/10950729.html

後で聞いてみます..明日になるかな

ちなみに,調べてみたらPrasad Chaurasiaの出身も
Allahabadで,かなりびっくり.
つぎにびっくりしたのは,Allahabadは,100万都市なのに,
最寄りの空港が120Kmも彼方.なんという不便.

by 石原茂和 (2009-03-10 10:22) 

石原茂和

いま,上のアルバムを聴いています.
Zakir Hussainのタブラが,メロディーに
寄り添った女房役のように聴こえるところに
おどろきました.
つっこみ気味と,もたるところと,瞬間瞬間で切り替わっていくのですが,それにリードするでも無く,遅れて返すわけでもなく,実に融通無碍に,一体となっています.
どのくらい練習したのか,それとも,そういう寄せて返すような流れは,古典音楽では身体に叩き込むのか.

拍のアクセントを置く感覚が,全然違いますね.
これは分析できるのか,システムになっているのか.
この感覚は,私の知る限りでは,ナイル川流域の音楽まで
ある程度共有されていると思います.
インドとこの地域が盛んに交易があったのは,遺跡の発掘物から
間違いないようです.

by 石原茂和 (2009-03-11 11:32) 

lagu

う~ん、前述の通り、私はインドの伝統音楽にはあまり詳しくないのですが、それでも、やはりザキール・フセインのタブラが超人的なのは間違いないようです。多分、ですが、ある程度決め所を事前に報せておいて、あるきっかけの音を合図に特定の展開に入るのではないか、と。
ガムランでも似たようなことをやってますし。
それに瞬時に対応できるかどうかの力量、集中力があってこその話ですが。
by lagu (2009-03-11 13:25) 

石原茂和

そこが,まさに,演奏者しか,わかりようがないところで
また,私のような演奏できない人間が最も知りたくなる
ところです.

文字に書けるものではなくて
現場での鍛錬しかないんでしょうね.


by 石原茂和 (2009-03-11 13:50) 

石原茂和

あいかわらず,土日も仕事でたまりません.
さて,Amazon.comから,ご紹介の
The Mystical Flute of Hari Prasad Chaurasia
が来ました.ジャケットが,最近の写真に差し替えられていて
歳相応のルックスになっていますが,
内容は同じと思います.

これ,他に聴いたのとずいぶん違います.
さわやかな朝のラーガといった感じが延々と続くのですが,
ずっと聴いていると,やばいやばい.
なんか意識がとんじゃいます.
針とびみたいな感じ?

運転中に聴いたらあぶないわ.これは.


by 石原茂和 (2009-03-29 19:41) 

lagu

石原さん、こんにちは。

聴きましたか!いいでしょ?これ。
確かに、冒頭の7分目くらいまでなんか、早朝、朝もやに煙る渓谷なんか見下ろしているような感じですよね。かすかに雑音成分を含みつつも流麗にして膨らみのある音色。深めに入ったリバーブの相乗効果もあるのでしょうが。タブラも主役の邪魔をしない程度に抑えつつ、要所では超人技を繰り返してくる。それに応えるかのようにシンクロするバンスリの細かいパッセージは絶品ですよね。

by lagu (2009-03-29 23:12) 

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