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Tirta Sariの器楽曲集 [ガムラン]

やはり、この作品についても触れておくか。

Sekar Gendot / Tirta Sari

tirtasari sekar gendot.jpg

いやぁ、でたらめなデザインのジャケット写真だなぁ…ルバブ奏者が二人、グンデル・ランバット奏者が二人、カジャール奏者が一人なんて…実際は30名弱で演奏しているはずなのに、予備知識が無いものが見たら、「この人数で演奏しているのか?」と思ってしまうではないか。おまけに、このジャケットに写っている俺の師、I.B.Sugata氏に訊いた所、「録音当日、儀式があって、自分は録音に参加していないのに…こんなデザインになっているとは知らなかった…」というではないか。

ま、それはさておき。

予備知識が無い人もいると思うので、Tirta Sariという楽団の成り立ちを簡単に解説する。

Tirta Sariは観光地として名高いバリのプリアタン村に本拠地を置く、故マンダラ翁が晩年に結成したマンダラ王家の私設楽団。結成は確か1970年代後半だったと記憶している。

若かりし頃に、バリのガムランとしては当時の最先端だったGong Kebyar編成の楽団、Gunung Sariを結成、バリの楽団として初の海外公演を行うなどしてプリアタンをバリ芸能の中心地に引っ張り上げたマンダラ翁は、晩年、Gong Kebyarより古典的な形態であるSemar Pegulinganの楽団を結成したくなった。幸いにも楽器一揃いは所持していたが、長い間Tegasの楽団に貸し出したままになっていた。言わずと知れた、Gunung Jatiである。マンダラ翁は返却するよう申し入れたが、Gunung Jatiからは、「もう自分達はこの楽器以外で活動することは考えられない」との返答。「これで勘弁してくれ」と、マンダラ翁に届けられたのは、アメリカの某財団がTegasに寄贈したSemar Pegulinganの複製であった。これが現在Tirta Sariが使用している楽器である。このあたりのことはパルコ出版から出版された「熱帯の旅人」「踊る島バリ」に詳細が記されている。が、残念ながら現在は絶版のようである。

たしか、「踊る島バリ」では、マンダラ翁の言葉として、「Tegasの村人と自分の楽器の関係を壊すに忍びなかった」と言う意味のことが記されていたと記憶しているが、「もともと俺の楽器なのに、なんで複製をつかわにゃならんのだ。なんか筋が違うんじゃねぇか?」と思ったかどうかは解らない。
ただ、俺はこの不作為の選択は結果的に正解だったと思う。なぜなら、オリジナルの楽器より、複製の方が音の膨らみ、各楽器の音量のバランスも良く、華やかな音色で、驚くべき事にGong Kebyarの楽器と比較しても遜色がないくらい音量もあったからだ。Tirta Sariはこの楽器を活用して現在に至るまで精力的に活動を行っている。


さて、本題。この作品にはSemar Pegulinganの器楽曲、つまり舞踊の伴奏曲以外の曲のみが収録されている。古典器楽曲のみならず、マンダラ翁と同時期に活躍した偉大な作曲家、ワヤン・ロットリング作曲の曲も多く含まれている。興味深いのは、ワヤン・ロットリングがPeliatanに伝授した様々なの曲のアレンジが、Denpasarに伝わっている、即ち、ロットリングのお膝元の楽団が演奏するそれとかなり異なっていることだ。残念ながら「ロットリングの正当継承権を持つ」、といわれているBinohの楽団は活動停止状態にあるようだが、キング・レコードに残されている1990年の録音と聴き比べてみるとその違いは明らかだ。

このアレンジの違いが、ロットリング自身がPeliatanのSemar Pegulinganの音響的特長を考慮してアレンジを変えて教えたのか、Peliatanに自分の曲を伝授した後にアレンジに手を入れたのか、それともロットリングから伝授された後にPeliatanで手が加えられたものなのかは判らないが、文句なしに素晴らしいことは間違いない。

この作品はC.A.Hendrawan氏が音楽監督として在籍していた時代のものであり、氏の細部にこだわる音創り、演出、楽団のコントロール能力が冴えている。通常、Semar Pegulinganの器楽曲は一本調子の演奏が多いのであるが、単調なメロディーを繰り返す曲であっても、短い周期でクレシェンド、デクレシェンドを行う、寄せては返す波のような大きなうねりを持ったダイナミックなアンサンブルには特筆すべきものがある。

録音、発表は1996年。以前取り上げたGunung Sariの作品集と同時期の録音とみられる。当時、俺はTirta Sariの音楽活動に参加していたが、収録時には日本で抜けられない仕事に従事しており、この作品のレコーディングに参加できなかったことが悔やまれる。

残念なことに、この作品を発表後の1997年、外国人が発案したある企画が引き金となり、団員達の間に不信感が生まれ、C.A.Hendrawan氏を始めとし、この作品を録音したときに楽団の中核にいたメンバーの半数近くがTitra Sariの脱退を余儀なくされてしまう。俺自身も事件が勃発したとき現地バリに長期滞在しており、当事者として事件の経緯、関係者の挙動等の一部始終を現場でつぶさに見ており、事態収拾の為に微力を尽くしたが、どうすることも出来ず、自分の無力さを痛感した。たかだか刹那の利益目的でPeliatanの重要楽団、いや、民族音楽文化の宝、Tirta Sariを分裂させた一部関係者を糾弾したい事が山ほどある。が、あえてここではその浅はかな行為について言及するのはやめておく。


Tirta Sariは何代も世代交代しながら続いて行く楽団である。いずれは歴史が判断することである。


【注】この作品はインドネシアのローカル盤なので、日本で入手する事は難しい、と思う。

【蛇足】ちなみに、一部のガイド・ブックに「一般のガムランの楽団は5音階の楽器を使うが、Tirta SariはSemar Pegulinganという7音階の特別な楽器を使用している」という誤記が散見される。確かにSemar Pegulinganは元々7音階ではあったが、舞踊の伴奏を容易ならしめる為に5音階にしたものもあって、Tirta Sariが使用している楽器群はこちらの方である。
  
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