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TOPENG / TIRTA SARI [ガムラン]

久しぶりにガムランのカセットを取り上げてみようと思う。

1995年頃だったと思う。縁あってTirta Sariの演奏活動の末席を汚させていただいていた頃、出張演奏に向かうメンバーを乗せたバスが街道で渋滞に巻き込まれ、すぐ隣に別の楽団を乗せたバスが並んだことがあった。お互いに制服を着用していたので楽団であることはすぐわかり、双方のメンバーが話し始まった。

「どこの楽団だ?」
「プリアタンだ」
「ふ~ん…ゴン・クビャールか?」
「いや、スマル・プグリンガンだ」
「へ~…なんて名前の楽団?」
「ティルタ・サリってんだ」
「ふ〜ん…」

当時の俺は妄信的なプリアタン信者(笑)で、Tirta Sariは全バリ島内の音楽家達に名前が知れ渡っている超有名楽団だと思っていたので、少なからず驚いた。が、徐々に周辺状況が解ってくるにつれ、その謎は解けた。バリの音楽家達の全てが野心を持ってガムランに取り組んでいるわけではないし、プロ意識を持っている者はごく少数だ。多くの演奏家は他の楽団の動向に気を使ったり、ライバル意識を燃やしているわけではない。自分たちの村周辺のことにしか興味が無い者も多いのである。

また、ガムランの楽団の評判は海外でも国によって大きな差がある。結果的可能性として、海外公演に行った国、CD等の音楽作品が発売されている国での評判が高くなる(≒知名度が上がる)のは当然であるが、そういった実績が無い国では無名に近いのは普通のことなのである。歴然たる事実として、スバトゥ村の楽団はヨーロッパの諸国で圧倒的に人気があるにも関わらず日本では全くの無名と言ってもいい。

とはいいつつ、Tirta Sariが全世界的、全バリ的に「かなり」有名な楽団であることは間違いない、と思われる。その根拠は数々の海外公演の実績、作品数の圧倒的な多さに由来する。俺の知る限り、海外で発売されているCDは日本で2枚(内一枚は廃盤)、ドイツで一枚だけだが、インドネシア国内版は枚挙にいとまがない。おそらく、カセット、CDをあわせると20作品くらいあるのではないだろうか?ま、中には過去に録音した音源を編集しなおしたりしている作品も数点あるが、これらは発売元の勝手な意思で行われたものであり、楽団の意思は介在していないと思われる。


それはさておき、Tirta Sariの演奏を収録したカセットとして現地インドネシア版で一番良く見かけるのは、Balinese Ensemble From Peliatanという、合計4本という圧倒的なボリュームの作品群だ。おそらく、これらの作品郡は1985年頃にまとめて録音したものと思われる。

根拠は、Legongを収録した作品には1986年に亡くなった故マンダラ翁がディレクターとしてクレジットされていること、ジャケットに使用されている写真が(俺の記憶に間違いがなければ)1985年につくばで開催された科学万博出演時のパンフレットからの流用であること、そして、音質がほぼ一定であること、などからである。多分、来日公演に向けて相当厳しいリハーサルを積み、楽団の士気も高まっているタイミングで一気に録音してしまおう、と、企画されたものだと思われる。これらの作品群はガムラン愛好者としては絶対に持っていなければならない。

さて、今回取り上げる作品であるが、これは1990年の再来日後に録音されたものだと思われる。ディレクターが後のヤマサリの音楽監督、ヘンドラワン氏になっているし、音の力強さ、緩急のつけ方などの印象がよりYAMASARIに近くなっているからだ。

TOPENG / TIRTA SARI

tirta sari topeng.jpg

一時期廃盤だったが、再版され、入手しやすくなった。これは間違いなく名盤である。

TOPENGはそのパフォーマンス性の高さから一部のみがハイライト的に抽出され、観光客向け芸能公演で演じられることも多いが、本来は儀式で演じられることを目的とした純然たる奉納芸である。数名の役者(時として1名)がマスクを付け替えてジョークを交えながら演じる。上演時間は往々にして1時間を越えるが、その多くは役者の語りであり、実は楽団の出番はあまりない。
せっかくなので全曲解説をしてみよう。

A-1.TOPENG KERAS 
トペンの上演は例外なくこの曲で始まる。乱暴にも西洋音楽の耳で論じてしまうと、4小節ほどの短いフレーズが延々と繰り返される。テンポ・チェンジはほとんど無い。こう言ってしまうとつまらなさそうに感じるかもしれないが、クンダン奏者は踊り手の所作に合わせて楽団に盛り上げ所を指示する、この意表をつくタイミングが素晴らしい。ここでの演奏はチョ・アリ・ヘンドラワン氏の超パワフルなクンダンに反応し、楽団が一気に燃え上がる様が聴き所である。

A-2.TOPENG TUA 
続いて演じられるのは老人の所作を演じるトペン・トゥア。この曲にははっきりとしたメロディーがあり、踊り手の所作に応じて強弱、緩急がつけられる。TIRTA SARIの哀愁を帯びた楽器の調律と相まって実に退廃的な雰囲気が魅力的。

A-3.PENASAR 
さて、トペン・トゥアの上演が終わると、道化(プナサール)が演じられる。役者の語りがメインなので、実際の上演では延々とこれが続き、結構ダルいのであるが、ここでは道化部分は前半の4~5分のみで、後半にTOPENG DALEMが収録されている。これもトペン・トゥアと同様、メロディーがはっきりしており、踊り手の所作に応じて強弱、緩急がつけられる。収束部分に向けて徐々にペースが上がっていく様子は見事である。

以上でA面終了。B面は一転してトペンとはさほど関係ない曲が収録されている。

B-1.SINOM 
儀式の際などには延々と演奏されている有名な古典器楽曲である。通常、こういった曲は淡々と奏されるのが普通であるが、チョ・アリ・ヘンドラワン氏の芸術家魂はそれを潔しとせず、強弱、緩急をつけた観賞用の芸術音楽にまで昇華させている。見事。

B-2.PUSPA MEKAR 
さて、これは凄いぞ。ティルタ・サリのオリジナル・パニャンブタン(花蒔舞踊)、プスパ・ムカールである。情感たっぷりに奏される緩やかな序盤、展開の後、若干の起伏と共に徐々にスピード感を増していく中盤部分。そして劇的な展開、踊り手が花を蒔く動作にあわせて設けられたアクセントと共に一気に走りぬける終盤部分。文句なし。名演である。この曲はこの録音以降、何回か録音されているが、この録音の妖しさは群を抜いている。

B-3.TABUH PISAN BEBARONGAN 
これも前述のシノム・ラドラン同様、古典曲であるが、迫力がある、と言ったらいいのか、ドスがきいている、と言ったらいいのか…とにかく、徹底的に重く、激しい音である。楽団の調律とディレクターの演出、そして演奏者の技量と集中力が奇跡的なまでの相乗効果をもたらした稀有な演奏、と言って差し支えあるまい。特にスピードが増してくる終盤部分の威圧感は、常軌を逸している。

クレジットにはないが、最後に小品、PLAYONG BARONGが2分程収録されている。フェードアウトしていることから察するに、時間合わせのために収録されたものであろう。

この作品、全てのガムラン・カセットの中で俺が最も好きな部類に入る作品である。曲の選び方がマニアック、演奏は完璧。定期公演で演じられるような曲はあまり収録されていないが、一聴の価値はある(一聴では済まなくなる事は明白だが)。もしバリでカセットを扱うショップに行ったら探してみることを強力にお勧めする。

実は、同時期に録音されたと思しきTELEKという作品もあるのだが、こちらの方はなぜか再版されていないようである。俺自身もショップで売られているのは一度しか確認しておらず、それも在庫は2本しかなかった。当然、1本は俺が購入した。これまたTOPENGに匹敵するくらい素晴らしい内容なので、万が一ショップで見かけたら間違いなく「買い」である。
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コメント 4

teamKE

すみませ〜ん,これは,Tirta SariのCDでしょうか?
Celestial Harmoniesから出ているものです.

http://www.emusic.com/album/Tirta-Sari-The-Music-of-Bali-Vol-2-Legong-Gamelan-MP3-Download/11181258.html

それから,このページの下のYouTubeのビデオも
Titra Sariとなっていますが,正しい?

すごく,済んだ音に聞こえます.楽器のチューニングのせいでしょうか.
by teamKE (2009-02-21 08:05) 

lagu

teamKEさん、こんにちは。
リンク先のCD、1997年頃のTirta Sariの録音です。世代的には1世代前のメンバーでの演奏です。私も所持しています。が、豪華なブックレットの演奏シーンを撮影した写真と実際に演奏に参加しているメンバーは一部異なっている、という「なんでこんなでたらめなことするかなぁ?」な作品です。(特定の楽器の音を聴けば解ります)

さらに、この作品は各楽器の音のバランスが全然なってなくて、かつ、やたらエフェクターをかけているので生のTirta Sariの音とは程遠い。多分、収録時には高性能なマイクをパート別に楽器のごく近いところに林立させて収録機材のトラックを全て埋め尽くしたのでしょうが、作品化する段階で各楽器のバランスがぐちゃぐちゃになってしまっています。本来、ガムランは楽器の音が共鳴しあって空中で発生する2次発生音がなくては魅力は半減してしまいますが、録音者はそもあたりのことを全く理解できていないようです。また、ミキサーも全然ガムランのことを理解できていない。多分、ミキサーは録音には同行していないし、ガムランを生で聴いたことが無い、と思われます。残念ですが私はお勧めしていない作品です。私も数回聴いて、倉庫入りにしてしまいました。この作品を聴いて「Tirta Sariってこういう音なんだ」と思われてしまうとTirta Sariがかわいそうなくらいです。

YouTubeのビデオのリンクは発見出来ませんでした。

by lagu (2009-02-28 11:48) 

teamKE

丁寧なお返事ありがとうございます.

そうですか.どうして,そういう録音しちゃんたんでしょうね.
それならワンポイントでマイク2本立てた方がよっぽど
いいですね.

YouTubeのビデオはここです.
http://www.youtube.com/watch?v=H0EertnB918
by teamKE (2009-03-03 12:04) 

lagu

teamKEさん、こんにちは。

「どうして、そういう録音したのか」というと…そりゃまぁ、ガムランの本来の良さを全くわかっていないエンジニアが録音したからでしょうね。

「ワンポイントでマイク2本立てた方がよっぽどいい」、というご意見はごもっともです。同意します。

ちなみに、YouTubeのビデオ、確認しましたが最近のティルタ・サリですね。

by lagu (2009-03-03 14:27) 

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